不登校に対する教育機会確保法の考え方 不安にどう向き合うか?

戦前の教育、戦後の教育ときて、ここ30年間の教育環境には、大きな地殻変動が起きていると考えます。
コンピューターの普及、バブル崩壊と経済構造の変化、インターネット社会やグローバル化と働き方の「工場モデル」の終焉。
そして、我が国の急激な「少子高齢化」。

工場モデル」とは、ライフネット生命保険創業者で立命館アジア太平洋大学元学長の出口治明さんがよく使っている言葉です。
大量生産・大量消費社会のなかで、工場の生産ラインで長時間働く働き方のことです。
言い換えると、画一的なプロセスで均一な人材をひたすら養成することが、これまで教育の目的となっていました。
これからは、もうこの教育や人材育成は通用しなくなっています。

また、「少子高齢化」についても付け加えます。
人口に対する労働力が豊富な状態となることで経済成長が促進されることを「人口ボーナス期」といいます。
逆に生産年齢人口の割合が下降して経済成長を妨げることを「人口オーナス期」といいます。
ハーバード大学デービッド・ブルーム教授は、この「人口ボーナス期」と「人口オーナス期」について研究しました。
いまの日本はこの人口オーナス期にあたり、むかしとは働き方も考え方も変える必要があるんだという話です。

最近の報道によると、不登校の児童生徒が34万人を超えてこの5年間で倍増し、全国学力テストの成績も低下傾向となっています。
スマホの影響というより、加速する社会変化に、教育体制が追い付いていない感じがします。

こういった社会の変化に対応するため、「教育機会確保法」(「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」)という法律ができました。

この不確実な時代に、保護者と教育関係者は、不登校や学力低下とどのように向き合えばよいのでしょうか?
この記事では、増加する不登校児童生徒への対応について考えます。

教育機会確保法における不登校に対する考え方

2016年に成立した「教育機会確保法」は、不登校支援の根本的な転換を図った画期的な法律です。
これまでの「学校復帰」を前提とした対応から、児童生徒の社会的自立を長期的に支援する方針へと移行しました。
同法の基本理念は以下の通りです。

1.不登校は特定の子どもだけの問題ではなく「誰にでも起こりうる」現象と明記
2.学校以外の多様な学びの場(フリースクール・ICT学習など)を正式に認める
3.必要な休養の重要性を法的に位置付け
4.民間団体と教育委員会の連携強化を義務化

2023年には文部科学省が「COCOLOプラン」を発表し、「不登校の根底には学校の在り方そのものが問われている」と明記。
子どもの問題ではなく、教育システム全体の課題として捉える姿勢を明確にしました。

不登校の出席扱い制度について

文部科学省は2019年10月25日付通知「不登校児童生徒への支援の在り方について」で、学校外学習を出席扱いとする要件を制度化しました。
この制度は小中学生を対象とし、以下の条件を満たせばフリースクール通学や自宅でのICT学習を出席日数に算入できます。
出席認定の7要件(ICT学習の場合)

1.保護者と学校の連携・協力関係が確立されていること
2.ICT・郵送・FAX等を活用した計画的な学習プログラムであること
3.学校による定期的な対面指導が実施されていること
4.校長が学習状況を把握していること
5.教育支援センター等の利用が困難な事情があること
6.学習内容が学校の教育課程と整合していること
7.成果を指導要録に反映可能なこと

この制度により、2023年度には小中学生合わせて10,409人が在宅学習で出席認定を受け、自己肯定感の維持や進路選択の幅拡大に寄与しています。

参照ソース:
不登校でも出席扱いに?制度活用の5ステップと注意点を解説します

調査書の出席日数欄をなくす動き

2025年10月24日付朝日新聞の報道によると、全国19都府県が2027年度高校入試までに調査書(内申書)の「出欠席日数欄」を削除する方針を決定しました。
この動きの背景には、不登校生徒への心理的負担軽減を目的とした教育委員会の判断があります。

内申書「出欠欄なし」19都府県 不登校生徒らに配慮、27年度までに 都道府県立高校入試:朝日新聞

具体的な変更内容:

欠席日数や欠席理由の記入欄を廃止
代わりに学習成果や成長過程を評価する記述欄を拡充
東京都・宮城県・三重県などで2026年度から先行実施
文部科学省もこの動きを事実上後押ししており、出席日数に依存しない多面的評価への転換が全国的に加速しています。

福岡県における不登校対応の状況

欠席日数欄の廃止ではなく、長期欠席者向けの特例措置を導入
中学3年で70日以上欠席した生徒を対象に、内申点(第3学年の評定)を使用せず、学力検査(5教科)と面接で合否を判定します。
教育支援センターやフリースクールで「出席扱い」となった日数は欠席から除外します。
選考時には「欠席理由」を申告する機会を設け、疾病・家庭事情など正当な理由は不利にならないよう配慮します。

従来の扱いからの変化
以前は、欠席日数が年間30日を超えると審議対象となり、内申点低下を通じて進学判定で不利になる可能性がありました。
2025年度以降は、欠席日数自体が直接的な選考資料から外され、代わりに「学習意欲」「面接評価」など総合的な判断が強化されます。

記載廃止の全国動向との整合性
全国では2027年度までに19都府県で欠席日数欄の削除が予定されていますが、福岡県は2025年段階で特例措置を優先導入しました。
欠席日数欄自体は残っているものの、特例対象者の不安に配慮する方針を打ち出しています。

まとめ

文部科学省では、不登校に関する調査研究や検討会議をたくさん行っています。
ここでは、まとめとして、令和元年6月7日に開催された「第20回不登校に関する調査研究協力者会議フリースクール等に関する検討会議合同会議」の会議記録から引用したいと思います。

不登校に関する調査研究協力者会議フリースクール等に関する検討会議合同会議(第20回)議事要旨:文部科学省

会議のあるメンバーの方は次のようにおっしゃっています。

不登校の子供たちへの支援が、学校復帰とか再登校支援とかというようなことから、社会的自立だというような言い方に変わってきたが、平成20年に支援の手引きを作り、そこでは、社会的自立を目指すというようなことで大きく打ち出したが、学校の先生方の話を聞くと、社会的な自立というのがどうもイメージがなかなか浮かびにくいと言う。だから、不登校の子供と対応している中で、どうしても学校復帰というものに意識が行ってしまうというのが現場の実態だというような話を伺ったことがある。
社会的自立というのは、不登校の状態にある子供だけじゃなくて、全体に関わる問題である。今度、新しい学習指導要領が施行されるが、この根底にあるのは何かというと、そこである。学校の学びと社会とか自分の生き方が乖離しているから、そこをしっかりつないで、キャリアデザインをしっかり育成していくことが大事だというようなことが、今度の学習指導要領の大きな根底に流れている考え方である。

「社会的自立というのは、不登校の状態にある子供だけの問題じゃなくて、教育全体に関わる問題である」
「学校の学びと社会とか自分の生き方が乖離しているから、そこをしっかりつないで、キャリアデザインをしっかり育成していくことが大事だ」

まさに委員の方のおっしゃる通りで、ここのところは文科省も教育関係者も保護者も異論はないでしょう。

一方で、「学校の先生方の話を聞くと、社会的な自立というのがどうもイメージがなかなか浮かびにくい」というのもその通りかと思います。

別のメンバーの方は次のように発言されています。

今までの学校教育の在り方ってともかく学校に来なさい、そうしたら、責任持って面倒を見るというたてまえになっていたと思う。だけど、実際には、たてまえ通りにならなくて、むしろ年々不登校の子供が増えていて、子供たちは生き生きとした生活ができない状況になっているという、その矛盾を、ひとつその門戸を開いたというのが、この確保法ではないかと思う。学校以外のところでも学ぶことができるので、学ぶのだったら認める、応援するというのが基本的な趣旨だと思う。

冒頭に書いたように、時代の変化に対応する教育の門戸を開いた「確保法」。

しかし、「学校復帰が前提ではない」「無理して来なくてもいいんだよ」ということは、教師としては大きな矛盾でありジレンマです。
来てくれたら責任を持って面倒を見るのは、教員は学校でものを教えるのが仕事だからで、来てくれないと仕事になりません。
教員からしたら、「みんな元気で学校に来て欲しい」というのが本音で、やる気のある子供たちの前で教壇に立つというのが、働くモチベーションの一番大事な部分です。

保護者としても、みんなと同じように学校に行って欲しい、心配でたまらないというのが本音です。
もっと現実的には、子供が学校に行ってくれないと、仕事にも出られないという切実な問題があります。

もし、保護者自身が不登校経験者だったら、そのあたりの不安は、ずいぶん違うと思います。
管理人自身、不登校を経験していないので、子供がそうなったらとても心配します。
教員の方々も不登校の経験者は少ないでしょう。

経験したことがないことに対する不安、未知に対する不安です。
冒頭に書いたように、まさに不確実な未来に対する不安そのものですね。
大人が子供たちに正しい進路を示すことができない不安といってもいいでしょう。
まとまらないまとめですが、今回は不登校について考えました。

では、また。