公立高校と私立高校の授業料負担が同じになると、何が起こるか?

あらためて「私立高校の無償化」は本当か?

以前、私立高校の授業料無償化に関する記事を書きました。

↓これです。
私立高校無償化の概要と論点 – おおかわ学習支援センター

今回は、この件についてもう少し掘り下げて考えたいと思います。

「私立高校の授業料が無償化になる【らしい】」

みんな、無償化になる「らしい」と言っています。
「らしい」というのは、まだ決まっていないからなんですね。

2025年2月、自民党、公明党、日本維新の会の3党が「高校授業料の無償化に合意した」

無償化の合意内容
2025年度分は公立・私立問わず全世帯に年11万8800円を支給
2026年度から所得制限を撤廃し、私立加算上限額を45万7000円に引き上げ

特に2番目のアンダーラインの件が重要です。

ほかにも教育の無償化について合意していますが省略します。
これは維新もそうですが、主に公明党が主張してきたことだと言っています。
上記は、公明党のサイトから抜粋しています。

↓公明党のホームページ
党子育てプラン具体化 | ニュース | 公明党

2026年度から所得制限を撤廃し、私立加算上限額を45万7000円に引き上げ

公明党と日本維新の会の公約が認められた形ですが、自民党内ではおそらく議論が続いています。
国会審議を経て2026年度予算が可決されないと、正式に決まったことにはなりません。

「所得制限を撤廃」とは何か?

2026年度から所得制限を撤廃し、私立加算上限額を45万7000円に引き上げ

この3党合意は、これからの学生の進路選択の状況を激変させる可能性があります。

その前に、話をあいまいにしている原因がもう一つあります。
それが、「所得制限撤廃」の意味です。
これが話をややこしくしています。

そもそも、「収入(年収)」と「所得」はぜんぜん別のものです。

自営業で確定申告をしている人や、会社で経理を担当している人には常識なのですが。

それが、ごっちゃになって使われています。

新聞もネットメディアもそうで、それどころか、文部科学省のサイトや公的機関のサイトでさえ「収入」と書いてあったり「所得」と書いてあったりします。
上の公明党のサイトもそうですし、下の文科省のサイトもそうです。

↓文科省のサイト
高等学校等就学支援金制度:文部科学省

↓高等学校等就学支援金リーフレット【PDFが開きます】
高等学校等就学支援金・高校生等臨時支援金リーフレット

収入(年収)」とは、必要経費や各種控除が差し引かれる前の、1年間の総収入額を指します。
会社員の場合は給与や賞与の総額、個人事業主の場合は事業の売上高がこれにあたります。
一般的に「額面」と呼ばれるものです。

「額面」に対して、「手取り」があります。
手取り」とは、給与所得者が勤務先から受け取る給与のうち、社会保険料や所得税、住民税などが差し引かれた、実際に受け取る金額です。
これに対して「所得」とは、「手取り」とはちょっと違って、収入から必要経費を差し引いた金額を指し、税金計算の基準となるものです。

会社員の場合:給与や賞与などの収入から「給与所得控除」を差し引いた金額が給与所得となります。給与所得控除は、会社員にとっての必要経費の代わりとなるものです。
個人事業主の場合:事業の売上から、売上原価、事務所家賃、通信費、光熱費、交通費、交際費など、事業に必要なすべての経費を差し引いた金額が事業所得となります。

さらに、話をあいまいにしている原因として、「個人(世帯主)収入」で判定するのか、「世帯(全体)収入」で判定するのかということがあります。

私立高校無償化を判定する基準とは、次のようになっています。
世帯年収が約590万円未満の場合に限り、平均授業料(年額39万6,000円)を上限に支援金が支給されます。
これが、「私立高校の実質無償化」と言われるものです。

いろんな資料を読んでみると、おそらく「世帯年収」が正しいでしょう。
しかし、文科省の資料など、多くのメディアで、単に年収と書いてある場合が多いです。
これは非常に問題だと考えます。

まあ、ここでは「世帯年収」で判定するとしましょう。

例えば、夫(会社員)の収入550万円、妻(パート)の収入50万円の場合、590万円をオーバーするのでアウトです。
また、夫婦とも正社員の共働きで、夫(会社員)の収入400万円、妻(会社員)の収入300万円の場合も、当然アウトです。

では、大学生の長男がアルバイトをしていて、収入が20万円あったとします。これは含まれるのでしょうか?

ともかく、これまでの「世帯年収が約590万円未満」という収入制限は、実はほとんどの一般家庭では支援金を受けられない話なのですね。

「私立高校の実質無償化」と言いながら、実際に支援金を受けられた家庭があったのか非常に疑問です。

2026年度から所得制限を撤廃し、私立の支援金を45万7000円に引き上げたらどうなるのか?

さて、これまでは前置きの話です。
ここからが本題です。

これまでは、「世帯年収が約590万円未満」の家庭について、私立高校の授業料無償化(支援金の支給対象)となっていました。
この年収要件が撤廃される予定です。
そうなると、これまでは一般的に高額だった私立高校の授業料負担が大幅に引き下がります。

公立高校と私立高校の授業料負担がほとんど同じになった場合、どうなるのでしょうか?
以下のような影響が予想されます。

↓次の参照ソースをもとに、記載しています。
高校無償化|日経エコノミクスパネル 経済学の羅針盤:日本経済新聞
コラム – 2025年4月から全世帯を対象に高校の授業料無償化 – FPI-J 生活経済研究所長野
公立高校と私立高校の学費(授業料)比較:無償化の影響と実際の負担額 – 英数塾 STfun

1.私立高校への志願者増加と公立高校の衰退
授業料負担が同等になることで、私立高校を選択する生徒が大幅に増加すると予想されます。
これにより公立高校の定員割れが進行し、公立高校の質の低下や衰退につながる可能性があります。
専門家は「公立高校をつぶしてすべて学校はすべて私立にし、政府は私立に資金だけ提供する、という帰結を狙っているようなもの」と警鐘を鳴らしています。

2.私立高校の授業料上昇
私立高校は授業料を裁量的に決められるため、支給額の上限が引き上げられれば、それに応じて授業料自体を上げる可能性があります。
結果として子育て世帯ではなく私立高校を財政的に支援することになりかねません。
私立高校はさらに授業料を引き上げるか、定員を増やして収入最大化を図ることが予想されます。

3.教育格差の拡大
私立高校の授業料が高いのは、付加価値の高い授業や学校生活を提供しているためですが、その付加価値増加部分のコストまで公的資金で負担することになります。
これにより、本来私立高校生とその両親が負担すべきコストが社会全体に転嫁される形となります。

4.授業料以外の費用負担は継続
重要な点として、授業料が無償化されても私立高校では教育充実費や施設整備費など年間70万円程度の費用は引き続き発生します。
入学金も公立の5,650円に対し私立は15万円程度と大きな差があるため、完全な「無償」にはならず、3年間で約80万円以上の費用差は残ると予想されます。

5.公的資源配分の非効率化
公立と私立では予算規模が異なるにも関わらず、授業料を同水準にすることで公的資源の配分が非効率になる可能性があります。
専門家は「公的資金投入の重心を公立校におくことで私立校との役割分担を期待する」と提言しています。
このように、授業料負担の均等化は一見公平に見えますが、実際には教育システム全体のバランスを崩し、長期的には教育の質や効率性に悪影響を与える可能性が高いと予想されます。

以上、私立高校の授業料無償化の課題を考えてきました。
公立高校と私立高校の役割分担や地域における進路選択、公立高校の存立の在り方など、今後の教育環境が激変していくのは間違いありません。

もちろん、中学生にとっても保護者にとっても、私立高校への進学の経済的なハードルが下がれば、選択肢が広がってメリットも大きいでしょう。

教育環境が大きく変化しても、教育の根幹の部分は変わることがないよう、大人たちは学生をていねいに導いていくことが必要です。

では、また。