「グライダー人間」と「飛行機人間」

こんにちは、管理人です。

高校生の娘が、夏休み明けから、とうとう学校に行けなくなりました。

これで晴れて?子どもの教育に悩みを抱える親の仲間入りを果たすことができました。

行けなくなった理由は複合的なものですが、本人の様子を見ると、早朝に起床して、遠い学校に通い、馴染めない環境やクラスメイトのなかで、6時限から7時限に及ぶスケジュールを毎日繰り返すのがとてもムリという状況。

入学してから数か月、何とか重い体を引きずって通学を耐えてきましたが、管理人の目から見ても、心身ともに限界を迎えていました。
「なんとか頑張って学校行こうか」というレベルを超えているのが明らかでした。

一言で言うと、全日制高校という普通の高校がムリ。

管理人も配偶者も、決断を迫られました。
いま現在、学習支援センター(ウチではありません。高校の支援センターです汗)に相談し、そこで繋いで、通信制などの「イレギュラーな」、「多数派(マジョリティ)から外れた」進路を選択することになりそうです。



さて、管理人は数年前、故外山滋比古さんの『思考の整理学』という本を読みました。
外山先生はお茶の水女子大学名誉教授で、教養に関する著書を多数残しておられます。
『思考の整理学』は、1983年(昭和58年)に刊行され、2025年に300万部を突破し、現在も売れ続けている超ロングセラー本です。

この本の冒頭に書いてあるのが「グライダー」の話です。

ちょっと長くなりますが、引用します。

ところで、学校の生徒は、先生と教科書にひっぱられて勉強する。自学自習ということばこそあるけれども、独力で知識を得るのではない。いわばグライダーのようなものだ。自力では飛び上がることはできない。

グライダーと飛行機は遠くからみると、似ている。空を飛ぶのも同じで、グライダーが音もなく優雅に滑空しているさまは、飛行機よりもむしろ美しいくらいだ。ただ、悲しいかな、 自力で飛ぶことができない。

学校はグライダー人間の訓練所である。飛行機人間はつくらない。グライダーの練習に、 エンジンのついた飛行機などがまじっていては迷惑する。危険だ。学校では、ひっぱられるままに、どこへでもついて行く従順さが尊重される。勝手に飛び上がったりするのは規律違反。たちまちチェックされる。やがてそれぞれにグライダーらしくなって卒業する。

優等生はグライダーとして優秀なのである。飛べそうではないか、ひとつ飛んでみろ、などと言われても困る。指導するものがあってのグライダーである。

外山先生は、この章でいくつかの事例を挙げて、「自力で飛ぶことができないグライダー」とはどういうものかを説明しています。

・いい年した大人が、何かを学ぼうとするとすぐ学校に行かなきゃと考える。

・もう一度勉強をやり直したいと思った主婦が、大学の聴講生にしてくれと頼みに来る。

・教師に手とり足とりしてもらって書いても論文にはならないのに、面倒見のいい先生のところへかけ込み、あれを読め、これを見よと入れ知恵してもらい、めでたく「グライダー論文」を作成する。

・明治以来、日本の知識人は欧米で咲いた花をせっせととり入れてきた。多くは花の咲いている枝を切ってもってきたにすぎない。


もう少し引用を続けましょう。

もちろん例外はあるけれども、一般に、学校教育を受けた期間が長ければ長いほど、自力飛翔の能力は低下する。グライダーでうまく飛べるのに、危ない飛行機になりたくないのは当たり前であろう。

こどもというものは実に創造的である。たいていのこどもは労せずして詩人であり、小発明家である。ところが、学校で知識を与えられるにつれて、散文的になり、人まねがうまくなる。昔の芸術家が学校教育を警戒したのは、たんなる感情論ではなかったと思われる。飛行機を作ろうとしているのに、グライダー学校にいつまでもグズグズしていてはいけないのははっきりしている。

いまでも、プロの棋士たちの間に、中学校までが義務教育になっているのがじゃまだとはっきり言う人がいる。いちばん頭の発達の速い時期に、学校でグライダー訓練なんかさせられてはものにならない、というのであるらしい。

人間には、グライダー能力と飛行機能力とがある。受動的に知識を得るのが前者、自分でものごとを発明、発見するのが後者である。両者はひとりの人間の中に同居している。グライダー能力をまったく欠いていては、基本的知識すら習得できない。何も知らないで、独力で飛ぼうとすれば、どんな事故になるかわからない。

しかし、現実には、グライダー能力が圧倒的で、飛行機能力はまるでなし、という“優秀な”人間がたくさんいることもたしかで、しかも、そういう人も“翔べる”という評価を受けているのである。

学校はグライダー人間をつくるには適しているが、飛行機人間を育てる努力はほんのすこししかしていない。学校教育が整備されてきたということは、ますますグライダー人間をふやす結果になった。お互いに似たようなグライダー人間になると、グライダーの欠点を忘れてしまう。知的、知的と言っていれば、翔んでいるように錯覚する。

学校はグライダー人間の養成所だが、明治以来の日本の経済成長にとってはそれが都合がよかった。
そして、現代でも「高校くらい出ていなければ・・・」と、全国の中学生の94パーセントが高校へ進学している(当時)。

外山先生はこれを「学校信仰」と呼んでいます。


この章を読んで、「グライダー人間」と「飛行機人間」との違いは、何となく分かると思います。

「グライダー人間とは、自力では何もできないヤツだ」「人に手取り足取り教えてもらわないと分からないヤツだ」と。

しかし、です。

では、飛行機人間とは何か?

エンジンを積んで、自力で翔ぶとはどういうことか?

これが、分かるようで分からないんですよ。
管理人は、この短い文章を読めば読むほど、「エンジンを積んで、自力で飛ぶ飛行機人間」とは何かが分からなくなりました。



外山先生はかろうじてぼんやりとヒントを書いています。

「こどもというものは実に創造的である。たいていのこどもは労せずして詩人であり、小発明家である。」

「自分でものごとを発明、発見するのが飛行機能力である。」

「新しい文化の創造には飛行機能力が不可欠である。」

とても抽象的で分かりにくいですが、逆に考えればこういうことです。

自力で飛ぶ飛行機人間とは、詩人であること、小発明家であること、新しい文化を創造すること




外山先生はこの章を、次のように結んでいます。

指導者がいて、目標がはっきりしているところではグライダー能力が高く評価されるけれども、新しい文化の創造には飛行機能力が不可欠である。それを学校教育はむしろ抑圧してきた。急にそれをのばそうとすれば、さまざまな困難がともなう。

他方、現代は情報の社会である。グライダー人間をすっかりやめてしまうわけにも行かない。それなら、グライダーにエンジンを搭載するにはどうしたらいいのか。学校も社会もそれを考える必要がある。

この本では、グライダー兼飛行機のような人間となるには、どういうことを心掛ければよいかを考えたい。

グライダー専業では安心していられないのは、コンピューターという飛び抜けて優秀なグライダー能力のもち主があらわれたからである。自分で翔べない人間はコンピューターに仕事をうばわれる。

外山先生はこの本で、40年以上前に、「コンピューターという飛び抜けて優秀なグライダー能力のもち主があらわれたからである。自分で翔べない人間はコンピューターに仕事をうばわれる。」と予言されています。
コンピューターとは、今で言うとまさに生成AIですよね。

それはさておき、「グライダー人間」と「飛行機人間」。

一見分かりやすいようでいて、読めば読むほど、とても難しい話なんですよ、これは。



娘が高校に行けなくなったときに、管理人はこの「グライダー人間」と「飛行機人間」の話を思い出しました。

娘が高校に行けなくなって、いま管理人が思うのは、エンジンを積んで自力で飛ぶというのは、「常識にとらわれない」ということです。

管理人自身、進学校の高校に通って、国立大学を卒業して、勉強にはそれなりに自信がありました。

しかしここで、「みんな高校に行っているのに自分の娘が行けなかったらどうしよう」と世間体にとらわれていたら、いったい何のために一生懸命勉強してきたのでしょうか。

いったい何のために人より賢くなろうと努力してきたのでしょうか。

常識にとらわれない

変化を恐れず柔軟に受け入れる

そのために、教養を身につけてきたのではないでしょうか。



娘が幼少のころは、すごく元気がいい子どもでした。

生まれてまもなく、手足を激しく動かすようになって、「自転車をこがせたら発電できるのではないか?」と思うほどでした。

外出すると、鉄砲玉のように飛び出していなくなってしまうような子でした。

親に手を引かれて大人しくついてくるのではなく、親に手を引かれるのをものすごく嫌がりました。

娘はものすごく繊細で、同時に、ものすごく型破りな子です。

管理人は娘の型破りな性分が好きで、娘が高校に行けなくなって、「ここで型を破ってきたか」と確信しています。

「イレギュラーな」、「多数派(マジョリティ)から外れた」道を選ぶことが、エンジンを積むことの第一歩だと自分を納得させています。

典型的なグライダー人間の管理人が、「子育てを通じて、親も成長する」ということを体感しています。



今回は、娘が学校に行けなくなった話と、外山滋比古さんの「グライダー」の話でした。

ではまた。

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